歴史力を磨く 第19回
NY歴史問題研究会会長 髙崎 康裕

「誠実」である強さ

世界中の他の国々を見ると、「人に騙されないように気をつけろ」とか、「騙される前に騙してしまえ」などと教える国が殆どである。これに対して日本人は、「人を騙してはいけない」という倫理観が基本的に根付いている。それは、「騙すより騙される方がいい」とさえ言われるくらいである。ここに表れているのは「誠実さ」を貴ぶ姿勢であるが、その基には、神代の昔から受け継がれてきた「自分の心を磨け」という教えがある。そしてこの精神が、これまで幾度の困難を乗り越えてきた日本人の底力を生み出してきた。

 

例えば、昭和13年に設立され、秘密戦士の養成と秘密戦の研究を目指した陸軍中野学校では、「謀略の極致は誠だ」と教えていた。謀略と誠とは、通常であれば対照的な位置に立つ。しかし、研ぎ澄まされた目で見ると、謀略の最高の形は「誠」であることが分かるというのである。明治維新の立役者である西郷隆盛は、その目的のために色々な策略を巡らせた。彼が稀代の戦略家であることは誰の目にも明らかであるが、その西郷が日本史上最も尊敬する人物が楠木正成であった。楠木正成は、当時の修身教育でも祀られ、「忠臣の鑑」、「日本人の鑑」として称賛されていた。西郷はこの楠木正成を誰よりも尊敬し、彼の兵法、生き方に学んでいたのである。

 

楠木正成は鎌倉末期の武将で、やはり稀代の戦略家であった。後醍醐天皇を奉じ、湊川の戦では総勢50万とも言われた足利尊氏軍に僅か7百騎で立ち向かい奮戦した。最後生き残った部下と民家に逃れた正成は家屋に火を放ち、弟の正季と「七生報国」を誓って刺し違えたが、そこに見えるのは天皇に忠誠を誓った自らの「誠」を果たそうとする思いである。西郷の生き方もまた、正成を尊敬していた者として、納得できるものであった。相手側に身を投じるか、それとも義を貫くか。彼は「誠」に適わない道は自分にはないと大義に殉じた。

 

後にこの精神を受け継いだのが東郷平八郎である。日露戦争のさなか、明治天皇の御前会議において、バルチック艦隊の迎撃作戦の議論が纏まらなかった際に、「バルチック艦隊は誓って撃滅して見せます」と言ってのけた。その成算が見通せない状況下で、東郷は天皇の前で誓ったのである。その後東郷は、自らの覚悟を辞世として詠んだ。

「おろかなる心につくす誠をば みそなわしてよ 天つちの神」

愚かな自分ではあるが、その心一杯に尽くそうとする誠を見守ってほしいと天地の神に誓い、彼は一身を投げ出して日本海海戦に臨み、国を救った。

この東郷の心境こそが、日本人の研ぎ澄まされた、最後に行きつく日本人の「誠」の強さだと思えるのである。