歴史力を磨く 第21回
NY歴史問題研究会会長 髙崎 康裕

「歴史の記憶」という「抑止力」

平時における防衛の機能とは、基本的には「抑止」である。攻撃してくる相手には、必ず反撃し、甚大な損害を与えるという構えを堅持して、敵対勢力の軍事行動をあらかじめ封じることである。予想される相手側の被害が大きければ大きいほど、「抑止」は有効に働く。

 

つまりこの段階では、防衛は主に「認識」の問題とも言える。周辺国が日本という国、あるいはその国民性に対して抱く認識が抑止力の根幹となるのである。例えば、日本の国防を担う自衛隊が、人命の損失を恐れるあまり、実際には活動できない組織であるという「認識」が諸外国に広く行き渡るということになれば、発足後60年に亙って築きあげてきたその存在感と、それを支える国民の意志、つまり日本の「抑止力」は灰塵に帰すことになろう。

 

「日本は脅せばすぐに屈服する」、「日本を攻撃しても自衛隊は何ら歯向かわないし、日本には命を懸けて国を守る兵士はいない」というようなイメージが固定化されてしまった後では、たとえ防衛予算を飛躍的に増やしても、日本の周辺状況を考えるならば、さほどの効果は期待できなくなる。大事な局面で他国から蒙った侮りは、国家の安全保障を著しく害するからである。

 

先の大戦において、日本は多くの人命を失い、国土も破壊しつくされた。それは日本民族にとって未曽有の悲劇であった。しかし、あの敗戦のなかでも失われなかったものがある。それは、国民一人一人が忠実に義務を遂行し、一心不乱に目的に向かって邁進することによって示した「日本の民族力」とも言えるものである。「日本という国はいざとなったら目覚ましい交戦力を発揮するし、迂闊に手出しをすれば必ず痛い目にあう」という、周辺国が抱いたこの警戒感が、戦後の日本を守ってきた大きな要因でもあった。この歴史的記憶の醸成には神風特攻隊員の寄与も大きいし、その英霊に感謝すべき理由の一つがここにある。

 

あの大戦時に日本国民の示した気概が、戦後まさに見えざる大きな「抑止力」の機能を果たしてきたのである。敗戦後の日本は、GHQによって骨抜きにされ、国家として大きく弱体化したが、そこには日本がもう一度強い軍隊を持つことへのアメリカの恐れがあった。中国やソ連などの当時の仮想敵国も、日本へのあからさまな手出しは躊躇したが、その背景には「寝た子を起こすな」という、かつての「雄々しい日本」に向けられた周辺国の恐れに似た感情があった。

 

ここに見られるのは、「歴史の記憶」というのは実はその後の現実に対し、長く予想を超えた大きな影響を及ぼし、その記憶の強さが国を守ってきたという事実である。

歴史はただの過去のことではない。