日本人らしさや日本的なるものを一言で言うのは容易ではない。言葉よりも身近な事例で考える方が分かり易いのかも知れない。

例えば以前の日本人には明らかに節度と慎ましさがあった。恥を不名誉とし、自らを律することで品格を保っていた。そのような価値観は、「卑怯なことはしない」「嘘は言わない」「隠してもお天道様は見ている」といった言葉で人々に認識され、結果そのように慎ましく優しく美しい国柄を作ってきた。

良心に恥じることや、両親や祖父母や年長者を敬うこと、幼き者を守ること、自然の恵みに感謝することなど、美徳とされた価値観は多くあった。その結果として私益よりも公益の優先を忘れてはならないという思いも、当然のように育まれてきた。

例えば江戸時代、当時日本の各藩には藩校だけでなく、私塾や寺子屋が農村漁村を含む各地に作られていた。しかしそのような藩校や寺子屋での四書五経などの教えとは別に、教育の中心的役割を担っていたのは、家庭であった。

親が手本になり、子供が親の姿から自然に学び、成長していくことを江戸時代の人達は教育の基本としていた。人間として家族にどう振る舞うか、社会の中でやるべきこととそうでないことをどう判断すればよいのか。これらの例示の全てについて、親が子に教え伝えていたのである。

もう一つ重要なことは、当時の人達が他者の為に貢献することの美しさ、尊さ、必要性を明確に認識し、実行していたことである。つまり、当時の日本人は公の為、他者の為という価値観を実践しつつ、個々人も幸福に過ごすことの出来る社会を作り上げていた。これは、国家と国民を対立の構図の中で築いてきた西洋諸国とは異なり、日本人は、実に稀なる善き文明を作り上げた人々であったことを物語っている。

初代米国総領事として来航したタウンゼント・ハリスは、『日本滞在記』にこう記した。「彼ら(日本人)は皆幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もいない。これが恐らく人民の本当の幸福というものだろう。私は質素と正直の黄金時代を、どの他の国に於けるよりも、より多く日本に於いて見出す。」

日本人がいかに素晴らしい社会を築き上げていたか、日本人が守ってきた質素や正直という価値観が、欧米列強が信じてきた価値観よりも優れたものではないかと吐露しているのである。

“進んだ文明国”の代表者として来日したハリスでさえ、日本人が築き上げた社会、国家の素晴らしさに驚嘆していたというその図は、仮令歴史の彼方にあろうとも、決して忘れられてはならないと思うのである。