「自由」の持つ意味

現代の英語には「自由」を表すのに、FreedomとLibertyという二つの語がある。このどちらがより高級な自由か(「~の自由」か「~への自由」か)という議論をしばしば目にするが、この二つの語は語源を辿ると殆ど同じ意味から発している。Freedomはゲルマン語で血族や部族といった「解消しがたい属性」を表す言葉に由来しており、Libertyはラテン語系の言葉で「民族」を表す言葉に由来している。つまり原語の系統は異なってはいても、基本の意味はどちらも「血族・民族」というところにある。「自分達のことは自分達で決める自由」、これを独立と呼んでも主権と呼んでもよいのであろうが、そのような自由こそがヨーロッパにおける「自由」の語源である。

古代のペルシア戦争で、アテネ海軍がペルシア海軍を破ったサラミスの海戦時に、指揮官テミストクレスは、「行きて汝らの自由を守れ、汝らの妻や子の自由を守れ」と言った。同じようにトロイアがギリシャ軍に包囲されたときには、トロイアの英雄ヘクトールは、「これでギリシャに負けたら、我々の自由は全てなくなるのだ」と言っている。国家が敗北すれば、皆が奴隷になって、物理的にも自由が奪われてしまう。即ち、国家の自由は各人の自由でもあった。
そしてこの思想はイギリスの民主主義にも生かされた。マグナ・カルタは、イングランドの民への「自由」の約束であると明記されているが、そこには「ロンドン市は、陸上でも水上も、古来の自由と自由な慣習制度を持つことを定め、かつ容認する」と書かれている。ここで意図された自由は個人の自由ではない。ロンドンという地域共同体の持つ自由である。と同時にその自由は「古来の」ものであり「慣習」として存在しているものである。この「自由」は「権利の章典」でも確認され、その地の「共同体が保有している古来の慣習としての自由」を守ることが、イギリスの民主主義の根幹となってきた。

それらの考えの根底には、各人の「自由」というものは、その民族全体が独立自尊をはたしている時、その内側で守られるものであるとの理解がある。そしてこれはそのまま近代の成文憲法にも当てはまる。近代の成文憲法には必ず国民一人一人の「自由」が謳われているが、それはその国家がしっかりと国家主権を確立し、自主独立を果たしていて、初めて実現し得るものである。一国の独立、国家主権というものを前提として、その上でその国が自らの国家の形を宣言するというのが、近代憲法の考え方である。他国の軍事占領下において作られた「日本国憲法」の見直しの必要性は、この「自由」の観点からも理解され得るのではないだろうか。